排泄物を買いに来た下肥買い業者
隣の女性をみると臭いは強烈だったに違いないが、農民は糞尿を資源として考え利用していた
江戸後期にはアメリカより300年も早く公衆トイレが出来ており、なんとお茶のサービス付きで、その経費も全て排泄物を売ることにより賄われていた
また仮設トイレもあり、お花見、お祭りなどはもの凄い数の人が集まるが、有料の業者が現れ排泄物を回収、無駄なく利用していた
これらリサイクルのおかげで江戸は世界に類をみない清潔な都市として確立していた
古着屋
着物も繰り返し直しボロボロになるまで着て、ダメになったら今度は子供用に仕立て直し子供服として再利用
子供服の次はオシメや雑巾として無駄なく利用し、最後は焼却し灰にするがその灰さえも洗剤などに利用していた
欠けたり割れてしまった陶器類も職人が直して使っていた
これは有名な金継ぎ(きんつぎ)
下駄職人
草履職人
紙屑さえ徹底的にリサイクルした紙屑屋
灰買業者(灰が売れる時代)
その他にも鋳物を専門に修理する鋳掛屋(いかけや)、提灯の張替職人
刃物を研ぐ研ぎ屋、そろばん直しなど
さらには馬糞拾いという職業まであったとか
※上記はインターネットより引用
究極やねぇ~。そりゃ~来日した外国人は皆驚くわ!
『モノを大切にする』という価値観を極限まで高め、それが社会の隅々まで浸透し循環型になっていることが何より崇高で素晴らしい!
ここで、経済的には決して裕福ではないが世界一幸せな国と言われるブータンに着目したい
通常の世界の幸福度ランキングではGDPから始まり全6つの指標で表され現在北欧が上位を占めるが、ブータンのGNP=国民総幸福感では国民の97%が幸せと答えるブータンが圧倒している
その差は何か?
国が経済成長よりも、国民の幸福度を向上させる政策を重視しているからに他ならない
また、文化や伝統を重んじ近代化しても決して西洋化しないよう細かな政策も施している
あるジャーナリストがブータンへ旅行して驚いたことは国内に1つも信号がないこと
非常に穏やかで譲り合いの気持ちがあるので必要ないとか
野良犬も多いが、ドライバーが気長にまっている
そんなあるドライバーに幸せかどうかを尋ねたところ、彼はまだ若いにも関わらず
「幸せかどうかは、自分の心が決めること。自分が幸せなら周りの人も幸せにしたくなります」と、達観した答えを教えてくれたそうです
江戸に話しを戻すが、数字にこそ表すことは出来ないが、当時の日本はブータンに共通した点は多いと思う
下記「逝きし世の面影」より引用
来日した多くの外国人がまず初めに目にしたのが長崎港の美しさであった
当時リオデジャネイロ、リスボン、コンスタンチノープルは世界三大美港とされているがこれら三港全てに勝っていると記述がある
自然と調和した日本人の生き方についても記してある
田舎では眺めの美しいところや、ちょっとした木陰に旅人を休息に誘うかに見える場所に茶屋がポツンと一軒ある
イギリスでは貴族階級の趣味であった園芸が庶民に浸透していたことは有名な話しである
『この町でもっとも印象的なのは男も女も子供もみんな幸せで満足そうに見えるということ』(オズボーン)
『誰の顔にも陽気な性格で機嫌の良さが現れている。彼らは目新しいものや素敵な眺めに見とれている時以外は喋り続け、笑いこけている』(パーマー)
『子供は美しく、6、7歳で道理をわきまえるほど優れた理解を持っている。両親に感謝する必要はない。何故なら両親は子供を罰したり、教育したりしないからである』(アビラ・ヒロン)
『日本の子供は怯えから嘘を言ったり、誤ちを隠したりはしません。青天白日のごとく、嬉しいことも悲しいことも隠さず父や母に話し、一緒に喜んだり癒してもらったりするのです』(フレイザー婦人)
かつて日本は子供の楽園と言われていた。家々の前で夢中になって遊び回る子供を大人は上手に避けて通ったいた
馬車は先駆けの人が幼児を抱え安全な場所へと移し、老婆は道の傍らへ丁重に導いていたという
【まとめ】
教育の原点は家庭にある
物欲と競争に駆り立てられていては家庭にゆとりは生まれない
延いては社会にもゆとりは生まれない
江戸時代は
”モノを大切にする価値観>お金”
だったのかも知れない
お金をあまり必要としない暮らし方
それはお金をあまり求めない暮らし方とも言える
幸福とは何か?
人の数だけ答えはあるのかも知れないが僕は先人達の叡智を見習いたい
海土里の成長はつづく
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