管理人プロフィール

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ブログ管理人のもっちゃんです!

数あるブログの中からご訪問頂きありがとうございます

それではプロフィールを紹介します

【記事の内容】

1 ◆誕生から少年期

2 ◆不登校の中学時代

3 ◆共働学舎とフォルケホイスコーレとの出会い

4 ◆ワーキングホリデー~大検~飲食店時代

5 ◆営業から会社起業までの道のり

6 ◆選択理論心理学との出会いと救い

7 ◆移住計画~アースバッグ工法を知る~

8 ◆土地探し

9 ◆将来の展望

『誕生から少年期』

昭和52年7月18日生まれ、千葉県市川市で産声をあげる

5歳の時に小児ぜんそくを発症。毎年入退院を繰り返す

幼少の頃より両親は自営業で共働き

兄が中学2年生、僕が小学3年生の時、経営難に陥り借金を抱え家庭内が徐々に崩壊していく

学校ではリレー選手として活躍し明るく活発に過ごすが、高学年になるにつれ母親との争いが絶えず家庭内暴力へと発展する

『不登校の中学時代』

中学2年生のころから徐々に遅刻をするようになり、夏が過ぎたころからほとんど行かなくなった

この頃、いつも考えていたこと

「何のために学校に行って、何のために勉強をするのか?」

「自分は何のために生まれ、何のために死んで逝くのか?」

勇気を出して大人に聞いても誰一人納得する答えは返って来なかった…

当時の「いい高校に入って、いい大学に入ればいい会社に入れる(それ以外は落ちこぼれ)」という風潮に物凄く違和感を覚え、猛烈に反抗するも疲れ果て無気力になる

そして次第に毎日引きこもるようになり家庭内暴力が激化する

『共働学舎とフォルケホイスコーレとの出会い』

全国にある全寮制のキリスト系学園やフリースクールなども見学したが納得できず

その後も親が用意した長野県にある共働学舎へも一人で足を運んだ。ここは主に知的障がいの方達が自給自足の生活をしている施設でそのことは全く聞かされずに行ったのだが…

当時15歳だった僕にはあまりにも衝撃的で翌朝に「帰ります」とギブアップ

帰り間際に出された昼食。産みたての卵と鶏のそぼろご飯だったが、そのあまりの美味しさに感動し思わずおかわりをスタッフに要求した

しかし食べ終わったあとにラップがかかっていたことを思い出し他のスタッフのものだと気づく

たった1日の滞在・・・しかも帰りたいオーラを全面に出していた僕に温かい笑顔で「また来てね!」と全員で見送ってくれた

ありのままの僕を受け入れてくれたはじめての大人達だった

帰路の車内で自然と涙があふれた…

翌年、導かれるように北海道にある瀬棚フォルケホイスコーレ(フリースクール)へと入塾する。様々な問題を抱えた15名の塾生達と共同生活がスタート

洗濯掃除、身の回りのことはもちろん調理当番、酪農や農業なども行う

週末にはレクリエーションとしてハイキングや、海、山、川などで遊ぶ

その当時、感情に蓋をし笑うことをためらい無表情を装っていたが、スタッフの「信じて待つ教育」や仲間との共同作業をする中で、次第に感情を表に出せるようになっていった。また、採れたて野菜や搾りたてミルクに感動を覚え、自然のありがたさを肌で感じ、みんなで食事をする大切さを学び「家族」について考えるようになった

『ワーキングホリデー~大検~飲食店時代』

卒塾後、フリーターとなりリゾートバイトに勤しむ。そこで知ったワーキングホリデー制度。

英語は全く話せなかったが、勢いだけで単身オーストラリアへ。初めての海外がワーホリとなりそのまま1年間過ごす。(後にタイやフィリピン、インドなど東南アジアを中心にバックパッカーとして旅行もする)

帰国後、インド人が何故英語をしゃべれるのか?歴史を全く知らなかった僕は勉強の必要性を大いに感じ大検予備校に通う

翌年、合格しアルバイトをしていた飲食店で調理師免許も翌年取得。その後ワーホリで知り合った知人に飲食店を立ち上げるので、そこの店長をやらないかと声を掛けられ仙台へ

はじめての就職。「七つの習慣」という本とそこで働く熱い人達に出会い人生を切り開くマインドと技術を磨き、店舗運営の経験を積む

その後、お店を持ち独立する計画まで立てたが、子供のころの借金苦が頭をよぎり、返済への不安、独立への勇気が持てず断念した

『営業から会社起業までの道のり』

両親がマンションの住込みの管理人をやる為引っ越し。空いた実家で賃料を両親に支払いながらの生活がスタート

店長時代忘年会シーズンに営業を少しやった経験を活かし、飲食業界から一転通信業界の営業職へ

同じころ実家の部屋が余っていることに気づき、海外でよくあったシェアハウスを運営するためオリジナルのチラシを作り某大手英会話教室十数件に飛び込み営業を敢行

数日後にオーストラリア人3名との共同生活がはじまり、毎月のようにホームパーティを行うようになる

営業職も成績が良くなっていき、個人事業主の話しが舞い込み挑戦することに

次第にトップセールスマンへの道のりを歩み始める

絶頂期の33歳の時に人材と資金も集まり起業する。また同年結婚し子供も生まれた

売上も伸び社員も増えていったが、順風満帆なのは2年ぐらいでその後は苦しみの日々を送る…

『選択理論心理学との出会いと救い』

社員を抱えて行くプレッシャー、先の見えない事業の低迷…

精神的に疲弊していき、夜も寝むれなくなり体は限界を迎えていく。そんなある日妻から心療内科へいくよう促される。10分足らずの診察で「仮面鬱」と診断。良く眠れる薬と色々言い渡されるがこれは飲んだらいけないと思い止まった

自力で何か治す方法はないかとネットで調べカイロプラクティックを見つける

それまで暴飲暴食していた生活を一変。食生活の見直しとストレッチを行い徐々に回復の兆しが…

健康とは?働く意味とは?中学時代に思い悩んでいた時と同じように苦悩の日々を過ごす

ちょうどその頃、起業した時のパートナーからアチーブメントを紹介され受講し学んでいた。その内容とは選択理論心理学をベースに人生の目的、目標を真剣に考えること

誰のために何のためになぜ働くのか?自分が本当に求めているものは何なのか?

それこそ毎日、毎日考えない日はなかった

『自給自足』なぜだか分からないけど、15歳の時からずーっと心の中にあった願望…

それは共働学舎であり、フォルケで過ごした日々なのかも知れない

起業したのも早期リタイヤして田舎に行くことを考え、お金がないとゆとりある田舎暮らしが出来ないと思い込んでいたから

しかし妻子と住宅ローンを抱えた現状から、一体どうやって田舎へ移住し、住まいや収入をどう確保し、自給自足の暮らしをはじめるのか?

それはあまりにも大きくかけ離れた理想と現実だった…

『移住計画~アースバッグ工法を知る~』

悶々とする日々の中、ネットであるキーワードに出会う。「廃材王国」と「廃材天国」だ。文字通り廃材をフル活用し住まいからエネルギーまでまかなってしまうパワフル且つ、ぶっとんだ発想の先人達

これに刺激を200%受け、すぐさま長野県にある廃材王国へと足を運ぶ

長谷川さん通称ハセヤンが手掛ける建築はまさにアート

大工だけでなく電気工事から畑、調理まで行うオールラウンドプレイヤー

住宅ローン?そんなん別に組まなくても全部自分で作っちゃえ!という発想がここで初めて生まれる。

翌月には「シャロムヒュッテ」のアースバッグとパーマカルチャーとも出会い、すぐにでもはじめたいという衝動的な欲求に駆られる。

その後木工教室と漆喰教室に通い始め、スキルが徐々に身に付く中で自分の可能性に挑戦したいと自給自足への想いがより一層強くなり、2015年10月に移住を決断。市川の自宅をセルフリフォームして売りだす。

また、ネットで見つけた日本アースバッグ協会のワークショップに参加し技術を覚え、翌年には屋久島へスタッフとして働き経験を積むことに

知識と経験が少しずつ、確実に身に付き自信が一段一段積みあがり2017年3月に自宅を売却。移住を思い立ってから3年の月日が流れていた。

『土地探し』

売却前、妻とは度々口論に。子どもの進学や将来のこと、虫に対する恐怖。

一方、もう都会に住みたくなくなってしまった夫。話し合いは平行線のまま…

売却に至っては妻が折れる形で、館山市のアパートへ引っ越すことに。

子どもにとっては初めての引っ越しで環境も激変。様々な問題を抱えながらの土地探しがスタートした。

ただ、自宅を売却したことによって住宅ローンからの解放は僕の精神に大きな影響を与えた。

そして引っ越し時テレビを処分したことにより、妻との会話が圧倒的に増え、以前では信じられないぐらい家族で過ごす時間も増えた。

また、3年近く心境の移り変わりを隣で見守っていてくれた妻にも少しながらの変化が現れはじめた。『家を自分たちの力で建てる!』

いつしかセルフビルドのマイホームが夫婦共通の目標となり土地探しが本格化する

オリジナルチラシを作り、館山市と南房総市にある全ての不動産40社を妻と二人でまわり、物件も60件以上回った。

条件は非常に厳しいながらもそこで協力的になってくれる人達との素敵な出会いもあった。

8か月後、9割方決めていた物件が見つかる。但しあくまでも消去法で…

悔いが残らないように最後にこの1件だけ行ってみようということになり妻と見に行く

直感がビンビン鳴り響く!!

予算オーバーではあったものの、もうここしかない!と二人で即決。土地探しのゴールがやっと決まった瞬間だった。その後、怒涛のリフォームが始まるのだが…

ここから先はまた別の記事にてご紹介します

【将来の展望】

ゲストハウスと自宅をセルフビルドで建築し、自然農法や自然養鶏にも挑戦してエネルギーまでも自給できるような暮らしを目指す

その一方で自給自足の暮らしをテーマにした不登校児を受け入れる学び舎を作りたい

その学び舎とは誰もが自分の経験して来たこと、感じたこと、考えてることなどを等身大で人に伝えられ「生まれて来て良かった」「自分には価値がある」という気づきの中、本来ある肯定的自尊心を養しなえる場

また自然の中で「人間は生かされている」だからこそ「共存」が必要なのだと感じ自分をはじめ、家族や隣人、自然を愛する心を育む場にしたい。

海土里は人に愛され、人に必要とされる場にしていくのが今の僕の展望(目標)です

コメント

  1. しゅう より:

    もっちゃんさん

    はじめまして。しゅうと申します。
    かいつまんで色々と読ませて頂きました。やっと最近、自分はどう生きていくべきなのか?という事に対して見えてきた様に感じます。そこに行き着くまでに、世界の歴史や国史、それらによって引き起こされた今日の問題等について自分なりの考えで辿り着いた解が、お金に支配されない人生でした。それは人間として生きて行く上で必要な衣・食・住を自分で確保する事、即ち自給自足の世界でした。
    またグローバル化という名のもと日本固有の無形文化や価値観の破壊により、日本人という人種が将来無くなっていくのでは無いかとも危惧しており、守る為には伝統的な生活様式、自然崇拝的な生活を残せたらと考えております。

    現在米国で5人の子供と妻の7人での生活をしており、どのタイミングで出来るだろうかと試行錯誤しております。まだ第一難関であり最大の難関である妻を口説いている最中です。笑。

    また色々と勉強させて頂く為に時々お邪魔させて頂きます。

    陰ながら応援しております!

    • mocchan より:

      しゅうさん
      コメントありがとうございます!
      最大の難関の奥様と折り合いがつけばいいですね!笑
      5人もお子さんがいて羨ましいです!
      応援ありがとうございます!!